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立花美樹の主張 Feed

2010年4月14日 (水)

スッポンモドキについて。

どうも、立花美樹です。
こうしょっちゅう出てくる気はなかったんですけど緊急事態を感じて。

スッポンモドキを買おうと思っている方。
知人がスッポンモドキを買うつもりだと知っている方。
このサイトをご覧ください。
スッポンモドキ飼育の老舗です。
これは2ちゃんねるブログですが、参考になります。

そしてできれば、水族館にスッポンモドキの実物を見に行ってください。
ペットショップのは駄目です。小さすぎます。
売っているのは幼体です。
子供です。かわいいに決まってます。
金魚ですら歳を取れば顔つきが老けてくる。

スッポンモドキの最大体長は60cm。
成熟したもので、30cmくらいです。
自由自在、ものすごいスピードでに水中を泳ぎ回ります。
その姿は「淡水のウミガメ」「泳ぐ中華鍋」
飼育には90cm以上、180cmクラスの水槽が必要です。
90cm以上の水槽を置くには、床の補強を考えなければなりません。
水槽の重量で床が抜ける、家全体が傾くなどの事故が考えられます。
カメには珍しく、産卵以外で地上に上がらない彼らには水槽の外にどんな広い世界があっても関係ありません。

そして、爬虫類の寿命は長いです。最低でも20年は見込んでおくべきです。
爬虫類は貴方より長生きします。
友人、家族、そして自分の子孫に世話を頼むことになるかもしれません。

スッポンモドキの正しい飼い方です。
・アロワナ水槽の底床が寂しいときにタンクメイトとして。
・アジア・アロワナを青龍、ダトニオ(カンボジア・タイガー)を白虎、パロットファイヤを朱雀と見立てた四聖獣水槽を作るときに「玄武」として。

簡単に言えば、アジア・アロワナを飼えない奴にスッポンモドキを飼う資格はありません。
スッポンモドキではなくアジア・アロワナの値段を調べてください。

以前テレビで「淡水魚としては世界最大、3メートルのピラルク」を多頭飼いしているお宅というのをやっていましたが、完全に室内プールでした。
掃除はそのおうちの息子さん(推定小学生)が水着を着てデッキブラシを持って、水に潜ってやるのです。

そもそもCITESⅡのスッポンモドキを5千円でホームセンターで売っている先進国は日本だけです。
恥ずべきことです。
スッポンモドキはそんなに規制されていないのですが、日本は規制動物の密猟・密輸・販売が微罪なので再犯率が非常に高い。
売る方は、動物が売られた先でどんなことになるかなんてどうでもいいです。

いくら不景気だからって、ミドリガメやスッポンモドキを売らなきゃ生きていけない人間なんか日本にいないじゃないか!

『動物のお医者さん』はとても面白いマンガでしたが、現実のチョビたちがどんな目に遭ったか、決して忘れてはなりません。

2010年3月17日 (水)

どうにも悲しい話が多いです。

どうも、性懲りもなく出てきました。
非実在青少年・立花美樹です。
最近、あまり主張の場がないというのもあります。
――ぼく、嫌われてるんでしょうか。

まずはこちら。

9月の3次トキ放鳥計画 環境省「予定通り目指したい」

 新潟県佐渡市の佐渡トキ保護センターの放鳥訓練施設「順化ケージ」で、国の特別天然記念物トキ9羽がテンに襲われて死んだ問題で、白紙に戻る恐れがあった9月の3次放鳥計画について、環境省の塚本瑞天(ずいてん)・野生生物課長は16日、「外敵対策などを急いだうえで、予定通り秋の放鳥を目指したい」と述べた。

 3次放鳥は当初21羽の計画だったが、今回の事態を受けて10羽にする予定。ケージではこれまでに、テンの侵入経路になり得るすき間が260カ所以上見つかっている。同省は3次放鳥実現を目指し、すべてのすき間を埋める工事を進めるほか、ケージ内にも電気さくやわなを設置して外敵の侵入対策をとる。

 一方、同省は16日に佐渡市で開いたトキ飼育繁殖専門家会合で、ケージ南側の天井部と側面の境界のすき間(幅16センチ、高さ5センチ)に張った両面テープからテンの毛が見つかったことを報告した。

 毛の付着は16日朝確認されたことから、同省はテンが15日夜以降に侵入したとみている。テープは侵入場所を調べるため30カ所のすき間に張られていた。同省はトキが襲われた9~10日も含め、テンが日常的に出入りしていた可能性があるとみている。ケージの建設当初、天敵の侵入防止対策が検討されていたかは不明で、同省は検討チームをつくって再発防止策を探る。

……鳥を10羽やそこら放鳥して何になるんですか?
トキの絶滅はもはや取り返しのつかない「現実」です。
センターで「保護しているふり」をするのはまあ、政治的な問題でしょう。
テンの侵入を許すセンターの設備が杜撰だとかそういうのはこの際置いておくとして。

かごの中でテンに殺されるか、かごの外で猛禽に殺されるか、それだけの違いじゃないんですか?
それだけじゃ済まない可能性もあります。
送電線や一般人のお宅などに営巣されたら問題になりますし、この10羽のトキのために生態系が乱れる可能性も大いにあります。
何よりこのトキは「ニッポニア・ニッポン」と呼べるものではありません。
中国産です。
日本海を隔てただけで、遺伝子のパターンが随分違う。
「日本のトキ」はもう何をどうやっても復活することはできないんです。
クローン技術が進んだってそれは変えられません。
クローンでは「生物多様性」を取り戻すことはできませんから。

20羽しかいないなら、動物園などしかるべき施設で見世物にした方がましです。
自分たちが何をしでかしたのか子供に見せつけてやればいいでしょう。
同じことを繰り返さないためにも。
本当の科学者なら自分の研究を見せる場を設けるのは大切ですよ。
アピールしなきゃあすぐ仕分けられちゃいますからね、今どき。

「飼っている鳥や魚を自然に放って自由にしてやること」が善行だとされているのは、仏教的思想です。
“放生”と言います。宗教です。
日本人の大半が無宗教だと思ったら大間違いです。
日本人が飼いきれないペットを捨てるのに抵抗がないのはこのためです。
その思想の下に放たれたウシガエルやミドリガメやカダヤシやヒメダカが何をしでかしたかを思えば、この中国産トキが何をしてくれるか、悲観せざるを得ません。

かごの中の小鳥が憐れに見えるのはかごが狭いからです。
人間に飼われているから不幸なわけではありません。
逃げ出したカナリヤやインコが亜熱帯化する東京の空を舞い、在来種のスズメが激減する。
それが「善行」ですか?
徹底的に愛玩用に品種改良されたチワワが、野良犬になって生きていけますか?
今どきのペットはその辺で捕らえた野鳥をかごに入れて飽きたら放す、というものじゃないんですよ。

動物園の動物が不幸に見えるとすればそれは動物園の責任です。
しかし言っておきますが、動物園という場所は「動物好きの人たちがボランティアで運営している施設」ではありません。
これ、意外と勘違いしている方が多いですよ。
動物園の前に珍獣を捨てる人、たくさんいますからね。
貴方が思っているほど「珍」じゃないから動物園も困ります。
まあ、これはいくら何でも極端ですけどね。
ビジネスとしてコストパフォーマンスを計算しつつも、最低限の誇りをもって職務を果たす。
他の職業と同じです。

水族館もそうですが、見応えのある動物園はそれなりの入場料を取ります。
ボーダーラインは千円前後です。
ぼくは「無料」や「入場料200円」の動物園には行きたくありません。
見るに耐えない場所であることを知っているからです。
千円以下の動物園がひどくても文句を言ってはいけませんよ。
それは作った人が悪いし、経営方針も悪いし、お金を出し渋った貴方も悪いんです。

逆に日本には「入場料を取るペットショップ」があります。
横浜のインナー・シティー・ズー「ノア」。
エキゾチックアニマルと呼ばれる、少々マイナーな小動物を取り扱っているようです。
動物を飼うというのはそういうことです。
考えてみれば東京タワー水族館に通じるシステムですね。

トキがこの日本で生きていくには中途半端に野生に戻って農家の畑に乗り込んで悲しいニュースを作るより、ネットで仕切られた中で「朱鷺色の翼」を広げるべきでしょう。
鳥小屋は昔ほど狭くないし観光ポイントにもなって、それで皆が幸せになれます。
トキが帰れる自然なんかないし、そもそも帰る場所は日本ではないのだから。

もう1つ。世間ではどうも、出版の規制がどうとかいう話題が出ているらしいですね。
非実在青少年で選挙権のないぼくには何を言う資格もありませんが、恐らく世間が思っているよりも、日本人は下衆な民族です。

不景気不景気と言いながら、絶滅危惧動物をペットショップに並べるために金に飽かして密輸しまくっているのはほとんどが日本人です。
それを買っているのは「オタク」です。

――チョビ、ヘドウィグ、ニモ、くぅ~ちゃん。
資本主義の名の下に彼らがどんな目に遭ったか。
ニュースにならないだけで熱帯性カブトムシが逃げ出してミヤマクワガタを駆逐しているであろうことを考えると、事態は更に深刻です。
それに養殖技術の推進で規制解除されたネオケラトドゥス、成長すれば体長は2メートルを超えます。
2千円で買える「世界最大の淡水魚」ピラルクーの稚魚。
スッポンモドキ。星の模様のリクガメ。
駆除されていくテンとウシガエルとマングース。
沖縄の河川に溢れ返るアマゾンの熱帯魚。
この国には悲しい生き物がたくさんいます。

でもそれじゃあ、マンガやテレビに動物を出しちゃいけないんですか?
かわいい犬のCMやペット自慢番組、ペットエッセイは全面禁止ですか?
違うでしょう?
必要なのは「うちではそんなものは飼えません」と厳しく叱ってくれるお父さんやお母さんなのでは?
駅に猫がいるだけでアイドル扱いされたり魔法少女の隣に見慣れない珍獣ペットが映っているのを見て「ああ、またペットショップで小学生が」と心を痛めるのはぼくだけで十分です。
何とか審議会を結成してどうこうしてほしいとは思いません。
アザラシのタマちゃんもネコ駅長も、うんざりするだけで報道するなとテレビ局に乗り込んだりしません。

「かわいい犬や猫が惨殺されたりひどい目に遭うのは見たくない」
その気持ちはわかります。
2ちゃんねるの「ペット嫌い板」なんて本当にひどいですからね。

でも実際に飼いきれなくなったイヌやネコを川原に捨てたり保健所に連れていくのは、微笑ましいペット番組を見てその気になった人たちです。
一瞬、ほんの一瞬だけ動物愛護の思いを抱いた人です。
その思いが継続しなかった人です。
ぼくは動物愛護という言葉が嫌いです。

趣味でネコの首を切ってわざわざ人に見せる変態と、一般人の皮をかぶった偽善者。
この2つは全然違う問題なんですよ。
動物が可哀相だから政治で何とかしたいと思うなら、保健所のシステムかペットショップのシステムを変えるか、密輸や動物愛護法違反を厳罰化するかの4択、あるいは全部です。
虐待動画とペット番組をまとめてこの世からなくせばどうにかなると言うのは、楽観ですらありません。
まともな人が考えることとも思えません。
――そこには「動物愛護」という万人受けするお題目を掲げた、何かもっと薄汚い裏事情があるのではないかというのは考えすぎでしょうか?

これはあくまでたとえ話ですが、今回の出版規制問題というのはつまりこういうことなんじゃないかとぼくは思います。
汀こるものさんには他の考え方があるようですけど。

2009年11月 1日 (日)

立花美樹の主張

立花美樹です。本来、このブログは汀こるものの個人ブログですが、少しだけ場所をお借りすることにしました。

まずはこのニュース記事をご覧ください。

山本KIDが釣り人にブチ切れ「食わないのに何で殺すんだ?食わないんなら海に返せ!」

「オッサンはその魚を針の付いたままひと踏み。内臓は外に飛び出てまだ苦しそうに 生きようとパクパクしてた。持って帰って食うのかなと思いきやそのまま運河にぽいっ」と 書いているKIDは、その釣り人に「食わないのに何で殺すんだ?アイツだって必死に 生きてんじゃん!俺らは生きるために命を貰うんだろ!違うの!?食わないんなら海に返せ」と優しくブチギレ(同ブログより)た。 http://news.livedoor.com/article/detail/4405240/

その釣り人は「アイツは釣りたくなかった。俺の餌食いやがって」と釈明したようだが、
「こんな悲しい事をほとんどの釣り人は平気でやってるんだよな。
釣ったら海に返さずその辺に捨てて苦しませて死なせて」と、KIDの嘆きはとまらない。

「これからショボい釣りのプロはディスかましてこーかな。次会って同じことやってたら
腹にフルで一発パンチ食らわして。海に落とそ。それでお巡りさんに捕まってもしょうがない」
と、エントリーの後半には、KID流ともいえるやや物騒な発言を絡めながらも、
その実直な性格を垣間見せた。

どう思いましたか?

結論を言います。
魚を殺せない人は釣りをしてはいけません。
釣りは元々そういう遊びですから、見たくないなら見ないようにしましょう。

殺そうと殺すまいと、食べようと食べまいと、魚は釣り針にかかった瞬間から弱ります。
まず顎に釣り針が刺さるわけですから、そこから細菌が侵入すれば簡単に死にます。
そして網で体表をこすれば細かい傷ができ、ここからも感染症になります。
彼らの表皮はとても繊細なので、人間の36度の体温に触れただけで火傷と同じ状態になります。
乾いた手で触れれば更にダメージは大きいでしょう。
飼育目的で捕獲する人は、大抵ビニール袋を使ってバケツなどに移します。

外来魚問題とかキャッチ・アンド・リリースとか、そういうことではありません。
目的が何であろうと、釣り竿を振ったその瞬間から釣り人は他の動物の生命を自らの娯楽のために弄んでいます。

別に悪いことではありません。
「野生動物は食べる分しか殺さない」というのは自称モラリストがよく言う嘘です。
ネコを1匹飼ってご覧なさい。
彼らがどれだけ、害のない小動物を弄んで殺すか。
ネズミだろうと小鳥だろうとトカゲだろうと。
意外とすぐにとどめを刺さないし、仕留めた獲物を食べないんです。
そもそも満腹中枢が鈍く、自分が空腹かどうかもわからない生き物はたくさんいます。
こういう生物は食欲と殺戮の欲求の区別がつかないのです。
別に悪いことではありません。
歌を忘れたカナリヤが悲しいように、狩りをしない肉食獣なんてぼくは見たくありません。

食べればいいというものでもありません。
プロの漁師さんだって、売り物にならない外道は殺して捨てます。
エイなんかはあんまり食べませんが、毒針を持っていて刺されて死ぬ人がいるので、殺さなければ漁師さんの命が危ないのです。
中華の高級食材・フカヒレはサメの鰭ですが、サメは肉にアンモニアが含まれていておいしくないので、普通、殺して鰭だけ取って他の部分は捨てます。
逆にアメリカ人はストーンクラブの「利き手」のハサミだけ取って、生かしたまま海に帰します。
どうせそこしか食べないし、カニのハサミは再生しますから。
これは、どちらが正しいとかそういう問題ですか?
傷むのが早いサメ肉を流通させるのは難しく、アメリカ人は蟹味噌のおいしさを知らないだけです。

そもそも釣りは、必要もないのに生命を弄ぶ野蛮で残酷な遊びですか?
違うでしょう?
手塚治虫や養老孟司の趣味は昆虫採集ですが、普通昆虫採集で得たものを食べる人はいません。
彼らは野蛮ですか?
『羊たちの沈黙』で随分悪いイメージがついてしまいましたが、蝶の標本のコレクターが必ず連続殺人鬼というわけではありません。

菜食主義も関係はありません。
有機農法だろうがガーデニングだろうが、虫を殺さずに植物を育てることなんてできません。
イナゴやハチがどれほど多くの人間を殺してきたかを思えば、農業は他種族との戦争とも言えます。
ガーデニングというのはその“戦争”を遊び半分で愉しむ悪趣味ということになります。

「食わない花のために芋虫を殺すな!」
「そんなん俺の勝手じゃ!」

こうなるわけです。

一度釣られた魚は、海の中でゆるゆると細菌に冒されて死ぬか、地上でとどめを刺されるか。
いずれ生命を弄ぶ行為に過ぎないのなら、どちらを選ぶかは釣り人の自由というものでしょう。
そして山本KIDさんという人をぼくは知りませんが、この人がそれを見てどう思ったか。
それもまた自由です。

どちらも善ではなく、悪でもありません。
こういうことを善悪で判断することそのものが偽善だと思います。
いい大人が大人同士で自分の価値観を押しつけ合うのは、見苦しいとは思いませんか?
釣り人が魚を殺すのを「悲しいこと」って、極論じゃないですか?
この人はクルーザーに乗っていたわけですが、クルーザーのスクリューに巻き込まれて魚が死んだり、騒音でクジラやイルカが難聴になったり、それだって十分に悲しいことです。
男性が意中の女性に贈る美しいバラのために、園芸家たちがどれほど殺虫剤を撒くか。
生物が他の生物と関わるのは、基本的に悲しいことばかりです。

小学生がトンボを捕まえてカゴに入れておくと、特に悪意がなくても1日保たずに死んでしまいます。
大人は彼らが残酷だと責め立てるよりも、どうしてトンボが死んでしまうのか、そのことを一緒に考えるべきではないでしょうか?
すぐに死んでしまうから、また新しいトンボを捕まえて、また死なせてしまって、を毎日繰り返す子供もいるでしょう。
死なせるのが嫌だから昆虫採集をやめてしまう子供もいるでしょう。
長生きさせる方法や、本格的な標本の作り方を勉強する子供もいるでしょう。
特に何も考えずに忘れてしまう子供もいるでしょう。
どれも間違ってはいないはずです。
忘れたように思っても、トンボの死は子供の心に何かしらの影響を残します。

釣り人が残酷だという感想を抱くのも個人の自由ですが、殴って海に突き落とすのはもう戦争と同じじゃないですか?
他の動物のために、同じ人間同士で殴り合ってまで喧嘩をするなんて何かがおかしくないですか?

こういう主張を見る方が、ぼくにとっては「悲しいこと」です。